名古屋高等裁判所金沢支部 平成9年(行コ)3号 判決 1998年4月22日
控訴人
巻野喬
外五名
右六名訴訟代理人弁護士
山本直俊
同
金川治人
同
今村元
同
山本賢治
同
青島明生
被控訴人
横河電機株式会社
右代表者代表取締役
美川英二
右訴訟代理人弁護士
小木曽茂
同
田中克幸
被控訴人
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
金井務
右訴訟代理人弁護士
古曳正夫
同
田淵智久
同
今村誠
同
清水真
同
緒方延泰
被控訴人
富士電機株式会社
右代表者代表取締役
中里良彦
右訴訟代理人弁護士
成毛由和
同
成田茂
同
狐塚鉄世
同
戸谷博史
被控訴人
山武ハネウエル株式会社
右代表者代表取締役
井戸一朗
右訴訟代理人弁護士
田中克郎
同
遠山友寛
同
行方國雄
同
石原修
同
千葉尚路
同
升本喜郎
同
五十嵐敦
同
高原達広
同
大西宏子
被控訴人
株式会社島津製作所
右代表者代表取締役
藤原菊男
右訴訟代理人弁護士
石田英遠
同
藤田直介
同
日下部真治
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは連帯して富山県に対し、金一億二六八九万六〇〇〇円及びこれに対する被控訴人富士電機株式会社は平成八年三月三日から、その余の被控訴人は同月五日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
4 2項につき仮執行宣言
二 被控訴人ら
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、被控訴人横河電機株式会社が富山県から指名競争入札により平成三年五月二一日に受注した和田川水道管理所の監視制御装置更新工事及び平成五年六月三〇日に受注した子撫川水道管理所の監視制御装置更新工事(以下「本件各工事」といい、本件各工事に係る請負契約を「本件各契約」という。)について、富山県の住民である控訴人らが、同被控訴人の右受注は被控訴人らの談合の結果であり、談合がなければ形成されたであろう価格と落札価格との差額相当額の損害を富山県が被っているから、富山県は被控訴人らに対し右損害につき賠償請求権を有しているところ、富山県はこの損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、怠る事実に係る相手方である被控訴人らに対し、富山県に代位して損害賠償請求した住民訴訟である。
原審は、原審原告らの訴えを適法な監査請求を経ていない不適法なものであるとしていずれも却下する旨の判決をしたので、これに対し、原審原告九名のうち七名が控訴を提起し、うち一名が控訴を取り下げた。
二 当事者双方の主張は、次に付加するほか原判決の「第二 事案の概要」の「一 原告らの請求の原因の要旨」及び「二 本案前の抗弁に関する当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの当審における補充主張―控訴理由の要旨)
1 原判決は、本件監査請求が財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実に係るものであると判断した上で、昭和六二年二月二〇日の最高裁判決(以下「昭和六二年判決」という。)の法理を適用して「本件について法二四二条二項(期間制限)の規定が適用されるべきである」と判示しているが、公共団体である富山県は談合をした被控訴人らに騙されて本件各契約締結(財務会計行為)をしたにすぎず、公共団体である富山県側になんら違法な点はないから、本件各契約締結行為は違法でも無効でもない。
控訴人らは、財務会計行為である本件各契約締結が違法であるとは主張しておらず、本件各契約の有効を前提として、被控訴人らの不法行為(本件各工事についての入札業者間の談合という違法行為)を理由として既に受領している工事代金について談合業者に対する損害賠償を富山県に代位して行っているにすぎないのであるから、原判決は控訴人らによる本件監査請求の実質を曲解して、法二四二条二項(期間制限)の規定の適用を肯定したものであって不当である。
2 また、財務会計行為である本件各契約締結が仮に違法であるとしても、本件については、右契約締結後一年以上経過した後に初めて談合の事実が明らかになったのであり、富山県側が被控訴人らによる談合の事実を知ったのは公正取引委員会による課徴金納付命令が公表された平成七年八月九日以降であって、それ以前には富山県が被控訴人らに対する権利行使をすることは不可能であり、住民が富山県の非を咎めて監査請求・住民損害をする余地もなかったのである。事実上富山県が被控訴人らに対する権利行使ができず、したがって住民の側からすれば富山県側に「怠る」事実があったとはいえないために監査請求の要件が存在しない状態であるのに、法二四二条二項本文の監査請求期間が進行することを認め、右期間経過後に富山県が現実に被控訴人らに対する権利行使ができるようになってから同項ただし書の「正当な理由」の存否で処理しようとする原判決の姿勢は、住民の権利行使を不当に制限するものであって許されない。
3 本件は、前記のとおり財務会計上の行為について富山県側には何ら違法な点が認められない事案であるから、その点からも昭和六二年判決の法理の適用を除外し、平成九年一月二八日の最高裁判決(以下「平成九年判決」という。)の法理による「実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日」である前記公正取引委員会による課徴金納付命令が公表、報道された平成七年八月九日(発表の日は同月八日)を基準として法二四二条二項を適用すべきである。そうすると、控訴人らが本件監査請求をしたのは右基準の日から一年以内である平成七年一一月二七日であるから、控訴人らの本件訴えは適法である。
4 仮に、本件について昭和六二年判決の法理が適用される場合においても、法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の存否の判断において、前記公正取引委員会よる課徴金納付命令が新聞で報道された平成七年八月九日から三か月以内に監査請求をすべきとした原判決は不当である。入札業者間の談合事案である本件の特質からして、住民側の監査請求及び住民訴訟提起の準備のためには少なくとも六か月の期間が必要であり、右平成七年八月九日から六か月以内になした本件監査請求には右の「正当な理由」があるというべきであるから、控訴人らの本件訴えは適法である。
第三 証拠
本件訴訟記録中の原審及び当審の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人らの被控訴人らに対する本件訴えは不適法であるから却下すべきであると判断するが、その理由は、次に付加・訂正するほか原判決の「第四 本案前の抗弁に関する当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三七頁一行目「一般に、」の次に「法二四二条一項所定の「怠る事実」に係る監査請求については同条二項の適用がなく、当該怠る事実が存する限りいつでも監査請求をすることができるのが原則である(最高裁昭和五三年六月二三日第三小法廷判決・裁集民一二四号一四五頁、判例時報八九七号五四頁)が、」と付加し、同三行目「法二四二条一項」を「法二四二条二項」と改め、同三八頁三行目から四行目にかけて「右契約締結も違法、無効と解するのが相当である。」とあるのを「違法な入札によって落札した業者との間でなされる右契約締結も違法であるという他はない。」と改める。
2 原判決三九頁七行目「客観的に判断すべきであるところ」の前に「当該職員の故意・過失等主観的事情を考慮することなく、」を加え、同四〇頁三行目から六行目までを次のとおり改める。
「控訴人らは、公共団体である富山県は談合をした被控訴人らに騙されて本件各契約の締結(財務会計行為)をしたにすぎず、公共団体である富山県側になんら違法な点はないから、本件各契約の締結行為は違法でも無効でもない旨主張するが、その契約の締結に際して公共団体である富山県側に何ら違法な点がないとしても、本件各契約の締結(財務会計行為)が客観的に違法と認められるべきことは右に説示したとおりであるし、昭和六二年判決にいう「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を違法に怠る事実」(以下これを「不真正怠る事実」という。)の「財務会計上の行為が違法、無効」とは「財務会計上の行為が違法若しくは無効」を意味するものであって、財務会計上の行為が無効であることは必要要件とはされていないと解するのが相当であるから、控訴人らの主張のとおり本件各契約の締結行為が有効であるとしても、本件各契約の締結が違法と認められる以上は本件について昭和六二年判決の法理の適用を否定すべき理由とはならない。
また、控訴人らは、被控訴人らの不法行為(本件各工事についての入札業者間の談合という違法行為)を理由として既に受領している工事代金について談合業者に対する損害賠償を富山県に代位して行っているにすぎず、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の不行使を問題にしているのではないから、本件について昭和六二年判決の法理を適用して法二四二条二項(期間制限)の規定の適用を肯定した原判決は、控訴人らによる本件監査請求の実質を曲解したものであって不当である旨主張する。しかしながら、前記の「不真正怠る事実」に係る監査請求であるか否かは監査請求人の法律構成の如何にかかわらず客観的に判断されるべきところ、前に説示したとおり、控訴人らが主張する被控訴人らの不法行為、すなわち本件各工事についての入札業者の談合による不法行為は本件各契約締結によって初めて損害が具体化するものであるから、被控訴人らの不法行為による損害賠償請求権が成立し、その行使を怠っているとするには本件各契約の締結(財務会計行為)が前提として存在することが必要であり、右談合による不法行為と財務会計上の行為である本件各契約締結行為の違法とは必然的に結びついている関係にあるということができるから、控訴人らによる本件監査請求は客観的にみて前記の「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を違法に怠る事実」に係る監査請求とみるべきものである。したがって、この点の控訴人らの主張も採用できない。」
3 原判決四〇頁七行目から八行目にかけて「裁判所時報一一八九号二頁」の次に「、民集五一巻一号二八七頁」と付加し、同四一頁一行目「しかし、」以下同末行目末尾までを次のとおり改める。
「 右平成九年判決は、前記昭和六二年判決の法理に例外のあることを認め、「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右財務会計上の行為がなされた時点ではいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきである」旨判示している。右平成九年判決の法理による法二四二条二項の期間制限の規定の適用に当たっても、同項本文の本来の規定が財務会計上の行為についての住民の知、不知にかかわらず財務会計上の行為の時点から一年以内に監査請求期間を制限することにより、地方財政の健全化と財務会計上の行為の法的安定性との調和を図っていることからして、その起算点は、地方公共団体の財務会計担当者の主観的事情に左右されずにできるだけ客観的に定められるべきであるから、右判決にいう「(財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の)請求権が右財務会計上の行為がなされた時点ではいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合」とは、財務会計上の行為がなされた時点で右請求権自体が法律上発生していない場合、又は、請求権自体は既に発生しているが、それを行使するについて法律上の障害若しくはこれと同視しうるような客観的な障害のある場合をいうと解するのが相当であって、財務会計上の行為がなされた時点で請求権自体は既に発生しているのに、地方公共団体の財務会計担当者が当該財務会計上の行為が違法であることを知らなかったために事実上右請求権の行使ができなかったにすぎない場合は含まれないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、控訴人らの主張を前提とすれば、財務会計上の行為である本件各契約が締結された時点では、富山県の被控訴人らに対する損害賠償請求権が既に発生していることになる(控訴人らの主張に係る被控訴人らの不法行為(違法な談合行為)は完了し、契約当事者である富山県の損害が具体化している。)のに対し、控訴人らが富山県が公正取引委員会による課徴金納付命令が公表された平成七年八月九日までは右請求権の行使をすることができなかった理由として挙げるところは、それまでは富山県においても被控訴人らの談合を知りえなかったこと、すなわち財務会計上の行為である本件各契約の締結が違法であることを知らなかったというにすぎないことになる。そうしてみると、先に説示したところに照らしても、本件は平成九年判決が適用される事案ではなく、原則どおり昭和六二年判決の法理を適用すべき事案であるというべきである。そう解したとしても、法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の有無についての判断によって具体的妥当性をはかることが可能であるから、住民の権利行使を不当に制限するものではない。
なお、平成九年判決の事案は、「市が国鉄から転売禁止特約付きで買い受けた土地を特約に違反して転売したとして、国鉄を承継した国鉄清算事業団から、右土地の売買契約を解除された上、解除により発生すると定められた違約金の支払を請求され、その請求訴訟における裁判上の和解に基づき違約金の一部に相当するとみられる和解金を支払ったため、右和解金相当額の損害を被ったのに、右の違法な転売行為をした市長個人に対して取得した損害賠償請求権の行使を怠っていると主張された住民監査請求について、右訴訟において市が右特約の有効性を争い違約金債務の負担を否定し続けていたなど判示の事実関係の下においては、右和解の日を基準として地方自治法二四二条二項の規定を適用すべきである。」とされたものであって、右和解の日までは市の被った損害自体が具体化していない事案であるから、本件各契約の時点で既に富山県の損害が具体化していた本件とは事案を異にすることは明らかである。
以上のとおりであるから、平成九年判決を根拠とする控訴人らの主張も採用できない。」
4 原判決四二頁六行目末尾の「「正当な理由」は、」から同一〇行目末尾までを「右の「正当な理由」の有無については、財務会計上の行為が違法であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を違法に怠る事実に係る監査請求においては、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が、相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該財務会計上の行為が違法であることについて合理的疑いを持つことができたかどうか、また、右行為が違法であることについて合理的疑いを持つことができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきであって、監査請求をした住民が当該財務会計上の行為が違法であることについて現実に疑いをもった時期がいつであるかは問わないと解するのが相当である。」と改める。
5 原判決四四頁七行目「締結されたこと」の次に「、すなわち本件各契約の締結(財務会計行為)が違法であること」を付加する。
6 原判決四六頁一〇行目「というべきである。」の次に、「控訴人らは入札業者間の談合事案である本件の特質からして、住民側の監査請求及び住民訴訟提起の準備のためには少なくとも六か月の期間が必要である旨主張するが、住民監査請求を行なう段階においては、住民訴訟を提起、追行するに足りる程度の事実関係の調査や証拠を収集しておくまでの必要はないのであって、右に説示したところによれば、本件事案の特質を考慮しても客観的にみて本件監査請求のために控訴人らの主張に係る六か月の期間が必要とまでは認められない。」と付加する。
二 よって、控訴人らの被控訴人らに対する本件訴えをいずれも却下した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官氣賀澤耕一 裁判官本多俊雄)